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ミサイルよりも…

▼月刊「世界」8月号(岩波書店) ※7月8日(土)発売予定
http://www.iwanami.co.jp/sekai/
特集・イラク占領は何をもたらしたか
「危機に立つイラク戦争報道~バグダッド取材の現場から」文・綿井健陽

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なんだか落ち着かない毎日で、気がつくとずっと更新が滞ってしまっていた。申し訳ありません。

さて、北朝鮮のミサイルでメディアは「大騒ぎ」しているが(「日本海に着弾」というよりも、「ロシア沿岸に着弾」が実際に落ちた場所のように見えるのは僕だけか。テレビニュースでの着弾地点の地図上の×印は、昨日の午前中あたりまではどう見ても北海道のすぐ脇あたりに×印があったぞお)、米国訪問で舞い上がっていたあの首相は、この件では「冷静に」対応・発言しているように見えるから世の中不思議なものだ。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060705-00000115-yom-pol 

世の中で起きていることに、何でもかんでもすぐに反応・発言する必要はないと思いつつ、この冒頭で北朝鮮のミサイルのことに反応して書いてしまうのだから、僕も世の中もやはり同じか。で、実際の「世の中」の方では、これからどんな対応・発言が出回るのだろう。前回書いた「殺せ、殺せの」大合唱から、今度は「あんな国、早くやっつけちゃえ」とでも言わんばかりの「強硬論」がどんどん世の中から出てくるのだろうか。いや世の中よりもメディアの側が先か。実はそちらの方がミサイルよりも、僕は恐いと思っている。

このところサマワの自衛隊「撤退」の動きで原稿を書く機会がいくつかあった。ちなみにいま「撤退」と書いたが、全国紙の新聞も最初は「撤退」という言葉を使っていたところが、途中から「撤収」に変わっている。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/sending_self_defense_force/ 辞書を見ると基本的には「同じ意味」のようだが、派遣した政府の側からすれば「撤退」は言葉の響きとしては使いたくないのだろうな。それにメディアの方が途中から合わせたのか。

前回の「殺せ、殺せの大合唱」の項 http://blog.so-net.ne.jp/watai/2006-06-20 には多くの方から意見を寄せていただいた。ネット上の「書き込み」以外にも、僕の個人アドレスまで意見をいただいた方も何人かいる。このブログは去年6月から始めたが、最も反響が多かったと思う。

僕自身もあの「山口母子殺害事件」http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/yamaguchi_hikari_murder/ を通じて、皆さんからの書き込み・意見も含めて「死刑制度」「司法制度」に関する様々なことを考えた。もう少し時間をいただいてから、あの「続編」をもう少し書いてみたい。実はまだ正直うまくまとまっていないので書けなかった。いや、途中まで書いたんだけど、まだ終わっていない。とても難しい、一筋縄ではいかない問題だから、だからすぐには「反応・発言」できない。でも、もう少し考えたいと思っている。

全国ネットではないのだが、フジテレビ系列の番組「NONFIX」 http://www.fujitv.co.jp/b_hp/nonfix/ が、司法制度に関わる特集を今日(6日深夜)から3回に渡って放送するようだ。ぜひ見てほしい。ちなみに、このシリーズのうち、2回目の「死刑廃止への旅」は、96年に坂上香さんhttp://www.cain-j.org/Lifers/contents.html がNHK・BSのドキュメンタリー番組「ジャーニー・オブ・ホープ」で取材・制作している。 この番組は再放送されないが、単行本にはなっているのでこの機会にぜひ→http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/3/0027910.html

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綿井健陽 WATAI Takeharu
Homepage [綿井健陽 Web Journal]
http://www1.odn.ne.jp/watai

映画「Little Birds~イラク戦火の家族たち」
公式HP http://www.littlebirds.net/
DVD発売・各地で上映中
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2006-07-06 00:45  nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(3) 

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スリーエス

大国の核実験と比較してはいけないのでしょうか、というのが今回、真っ先に浮かんだ私の感想ですが、それは置いておきます。
「経済制裁」とか「死刑」という言葉を使うけれど、その正体を、どれだけ知っているのか、というのが自分に対しても不安なのです。傍観者的な立場で使う言葉と、それを実際に行使される側の立場では全然違うと思うのです。「死刑」だって決定した途端に、その人間が忽然と消えるものではないし、経済制裁だっていきなり飢えて困って参りました、って言うものではないはずです。そこには経過があるはずです。私たちが死刑執行日を知らされないように、死刑囚のその後を知らないように。だから、、そういう言葉を使うなら、もっともっとこちら側にも考える時間が欲しいし、それぞれにその言葉の正体を知ろうとする時間が欲しいです。だから、行使する前に私は「保留」にしたい。決定される前にそうしたいです。だから、最近の裁判のスピードアップも、世論形成の早さにも戸惑います。
by スリーエス (2006-07-09 00:00) 

らっこ

社会が決めたことはそれで終わりではないですね。その先が大事です。

社会が死刑と判定したとき、誰かがそれを執行しなくてはなりません。日本の死刑制度では、誰が直接執行したか特定されないよう複数の担当者が置かれていると聞いたことがあります。
それでも彼らにはPTSD(心的外傷後ストレス障害)に近い症状があるそうです。

死刑制度とは、そのような役目を誰かに負わせることでもあります。
何かを私達が決めるとき、実際にどのようなことが行われるのかと言うことを知っておくことはとても重要なことだと思います。
by らっこ (2006-07-12 18:02) 

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